12月20日(金) 
報恩講をねんごろに勤める

専超寺「報恩講」

  • 同朋唱和
  • 御文
  • 法話の様子
  • 園児の参詣

北海道第15組の同朋大会

  • 勤行の様子
  • 法話の様子
  • 会場の湧別町文化センター
  • オホーツク紋別

今年も10日あまりとなった。今年も全国各地様々なところでご門徒と出遇うことができた。この9月〜12月にかけても、多くの報恩講や聞法会等々に出講したが、そこで共通して聞かれることは、どの地域も「報恩講」の参詣の減少である。これは深刻な問題である。「報恩講」は狭義においては親鸞聖人のご法事なのだが、広義においては真宗仏事はすべて報恩講に極まるのであり、聞法会も報恩講である。つまり、自我の閉鎖性を破って、本当の自分に目覚めていくところに報恩ということがあり、それは自分の愚かさに気づかされることを通して教えられる、この一点に真宗仏事も聞法会も貫かれている。そういうことから「報恩講」の参詣減少は真宗の教えが衰退していく危機という問題を孕んでいるのである。

「報恩講」の減少に歯止めをかけるべく各寺院は様々な努力をしているが、12月6日に出講した愛知県安城市の専超寺さんには学ぶべきことが多かった。専超寺さんの報恩講は12月5日〜8日までの3昼夜4日間厳修されている。法話の講師は日替わりであり、小生は2日目に法話した。初日は午後からの開催であるが、世話人は6時30分に集合し午前中いっぱいかけて、清掃、もちつき、お飾り作り、お飾り色付け、幕張、荘厳などに追われるが、門徒で創る報恩講という伝統が守られている。このお寺は総代、世話人など役員だけで100名を超えている。午後から報恩講が始まり、8日の午前中いっぱいまで続けられる。間の6日、7日は午前、午後と80分の法話が2回ある。

小生の出講した6日の様子を少し紹介してみたいと思う。三河安城駅に着くと、総代さんが出迎えてくださり、総代さんが運転する車で専超寺さんへ。7時の晨朝から3時30分の初夜での『御伝鈔』(上巻)拝読、おときまで約10時間の長丁場、小生は10時の日中法要から出講させていただいた。いきなり目に飛び込んできたのは、喪服姿の門徒さんたち、そしてほとんどの門徒さんは肩衣をかけていた。なかなかここまで徹底できないことだ。そして「文類偈」の真四句目下を門徒さんがきちんと勤めはじめたのにはさすがにびっくりした。五淘の念仏和讃六首の唱和もきれいだった。さらに助音方として門徒役員数人が外陣出仕の形をとって勤められていたことだった。昼になり、お斎をいただいた。もちろん手作りである。そしてそのお昼の時間を使って、境内にある幼稚園の園児たちが参拝に訪れていた。本堂で合掌する園児の姿に思わず感動した。午後に入り、1時から中逮夜法要、「正信偈」真四句目下、五淘の念仏和讃六首、そして『御文』が拝読された。『御文』の際は、門徒さん全員が頭を垂れた。その後、小生の午後の法話。疲れも見せず熱心に法話を聴聞される。法話が終わると、まもなくして『御伝鈔』が始まった。これを4日間にわたって勤められることだけでもすごいことだが、徹底した寺院と門徒が一体となって創る報恩講の本来的姿を一貫して守り続けているところに、住職さんの姿勢が感じられる。そこにはイベントを入れて門徒を集めようなどという考えは一切ない。ただひたすら報恩講の真の願いを伝え続けられている。

三河の寺院では4日間の報恩講が基本であったが、近年は、2日、3日に短縮する寺院が増えてきている。専超寺の住職さんも報恩講の危機を感じられているが、感じているからこそ徹底した姿勢で貫き通されているし、そのことが門徒さんに伝わっていて、報恩講が厳修されている。こういうことは一過性ではできない。報恩講に門徒が集まらないと歎くのは簡単だが、どこまで報恩講の大切さを伝えようとしているのか、住職の姿勢が大きい。首都圏でも小生が毎年出講する土浦の一乗寺さんも昔ながらの手作り報恩講を続けている。毎年100名を超えるご門徒で熱気がある。やはり住職の姿勢であろう。

確かに報恩講の大切さが残っている地域は聞法会にも多く門徒さんが足を運ぶものだ。11月19日、北海道第15組の同朋大会(湧別)に出講した。事情があって6月から11月の開催になったが、寒い時期にも関わらず、紋別、興部、遠軽、そして湧別から300名近い門徒が集った。湧別といえば、今年3月、猛吹雪で娘を守って亡くなった53歳の男性を思い出す。この方も真宗門徒であった。寒さ厳しいオホーツクでも念仏が生きていることを実感でき、おおいに励まされた。

拙寺は1昼夜2日間の報恩講である。東京のお寺の多くは一座法要だが、父親が三河(豊田)の出身であることから、父の代の時に一座法要から一昼夜にした。父には感謝している。最近、大逮夜法要にもかなりのご門徒が参詣されるようになったことは本当にありがたいことだと思っている。手作りを大切して、報恩講の伝統を守っていきたい。それが他の仏事の回復にもつながる。大きな経済システムに飲みこまれ、葬儀が合理化されていく流れに歯止めをかけて、真の仏事を回復していかねばならない。報恩講をねんごろに勤めることは、仏事の回復に留まらず、聞法会にも足を運んでくれるようになる鍵だ。

生活の様々な問題を縁として、真に生きる道を尋ねていく場が寺院である。お寺の建物、柱一本一本にいたるまで多くの人々の悲しみや喜びが染みついている。それは苦悩を通して、真実に生きる道を尋ねてきた歴史として今日まで伝承されている。それは「如是我聞」の歴史である。関係性を通して、大切なメッセージ(教え)が聞こえてきて(我聞)、頷かされ(如是)て、苦悩の現実に受け止めて生き抜いた人たちによってお寺は成り立ってきた。その伝承を受け継いでいくことが住職の使命である。

〔2013年12月21日公開〕