10月17日(木) 
生まれた意義と生きる喜びを見つけよう! ─アンパンマンとバイキンマン─

超人気アニメ『アンパンマン』の作者である漫画家やなせたかしさんが十月十三日、九十四歳で亡くなりました。

やなせさんは、十九歳で軍隊に召集されて中国で終戦を迎えました。アンパンマンを生み出したのは、太平洋戦争の戦争体験が元になっていると聞きました。「正しい戦争だと思っていたが実は違っていた。正義の味方はすぐに逆転する。ひもじい人を助けるアンパンマンはどこへいっても正義の味方です」とやなせさんは話されます。あえて正義の味方という言葉を用いて、人間の善悪基準の危うさを、アンパンマンを通じて語りかけようとしているのでしょう。

アンパンマンの人物像を振り返ってみると、お腹が空いている人がいれば、自分の顔をちぎってあげ、そのために自分はすぐに力がなくなり、ジャムおじさんに新しい顔を作ってもらいます。水で濡れたり、パンチを受けて顔がへこめば、力が出ずにすぐヘロヘロになってしまいます。やなせさんはアンパンマンを「世界一情けないヒーロー」と讃えています。

アンパンマンのテーマソング「アンパンマンのマーチ」から様々なことを教えられます。やなせさんの珠玉の言葉が掲載されたサイトを見てみると、そこに「なんのために生まれて何をして生きるのか これはアンパンマンのテーマソングであり、ぼくの人生のテーマソングである」とあります。これは実に深い宗教性を持った言葉です。やなせさんはクリスチャンと言われていますが、仏教にも精通したお考えをお持ちなのだと思いました。

ここでは「何をして」と行為を大切にしているように見えますが、やなせさんの言葉として「正義のための戦いなんてどこにもないのだ。正義は或る日突然逆転する。正義は信じがたい」というのもあるそうです。「正義はある日突然逆転する」ということは、状況によって人間は善悪の基準や正義がころころと変わる事実を見ておられます。自分の意志で善悪は決められない。人間が建てた善悪は非常に危ういものであり、かつ人間は善に迷う存在だと、つまり、行為する人間存在そのものを問題にしているのです。戦争という状況の中で、正義があっという間に逆転していくことを目の当たりにして生まれたアンパンマン。そこには業縁存在としての人間の悲しみと痛みが感じられます。「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」(縁次第では、何を考え、どんな行為をするかわからないのが人間存在)、「善悪総じてもって、存知せず」(何が善で何が悪か、私にはわからない)という親鸞の言葉と実に近いものを感じます。

さて、アンパンマンに対立するのはバイキンマンです。そのバイキンマンもずっと悪役だけをやっているのではなく、たまにアンパンマンを助けたり、思いやったりします。悪者だといっても優しい心が全くない訳ではありません。本当は寂しがりやでやさしいバイキンマンが垣間見えた時、人間は初めて、自分とは関係のないただの「悪」としか見てこなかった存在を、自分自身に潜んでいる姿として重ね合わす事ができるのかもしれません。しかし、単にバイキンマンにも良いところがあるという話ではないのです。人間は業縁存在であると同時に、つながりを求めて「ともに生きたい」という願いを誰もが持っていることを、バイキンマンを通じて伝えたかったのだろうと受け取っています。

アンパンマンやバイキンマンから教えられることは、簡単に善悪を決めつける人間の傲慢さです。仏教でいう罪とは、自分たちの力で善悪を何でも判断出来る、あるいは努力をすれば何でも獲得できるはずだと、つまり縁を無視することが仏教では罪悪とおえているのです。人間は縁に遇う存在です。縁次第ではどうなるかわからないのです。それを無視して人間の思いで作り上げた善悪に、人間がむしろ苦しめられているのではないでしょうか。そういう人間のあり方を見つめるもう一つの眼差しが私たちに必要なのでしょう。

『アンパンマン』から、人間存在の深い悲しみと人間存在の尊さを教えられます。一体、私たちは何を願い、何を願われて生きているのでしょうか。それは、私一人の問題であると同時に、すべての人の問題なのでしょう。アンパンマンはただのヒーローではなくて君たち一人ひとりのことなんだというやなせたかしさんのメッセージが身に沁みます。「そうだ うれしいんだ 生きるよろこび たとえ 胸の傷がいたんでも」「今を生きる」という「アンパンマンのマーチ」の歌詞にも引き付けられます。条件的にはとても弱くて情けないアンパンマンの魅力はここにあるのだと思います。胸の傷は消えないし、それが痛んだとしても存在の尊さを失わずに深いつながりを持って、今、ここに生きるということが一人ひとりの根源的願いなのだと受け取りました。

状況にふりまわされながら生きざるを得ない私たちですが、その私たちに「生まれた意義と生きる喜びを見つけよう」と呼びかけてくる囁きに耳をそっと傾けていきたいものです。「どんな状況であっても、誰にも代わることのできない尊いいのちを生き抜きたい」と誰もが心の奥底で願っているのだから。

〔2013年11月3日公開〕