5月10日(火) 「今を生きる親鸞」御遠忌讃仰講演会
―「現代における人知の闇と学問の再構築」 安冨歩氏と対談―


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5月9日(月)・10日(火)と2日間にわたって、真宗大谷派宗議会議員・参議会議員主催のシンポジウム「今を生きる親鸞」讃仰講演会が京都の東本願寺視聴覚ホールで開催された。初日の9日は、宗教学者の末木文美士氏(東京大学名誉教授)の講演と真城義麿氏(四国教区・善照寺住職)との対談、そして10日の第1部は、評論家の寺島実郎氏(日本総合研究所理事長)の講演、第2部は経済学、社会生態学を専門とする安冨歩氏(東京大学東洋文化研究所教授)と小生(本多雅人蓮光寺住職)との対談であった。どんな対談だったか、言い足りなかったことをふくめて少し語ってみよう。

安冨氏との対談のテーマは「人知の闇」。つまり「現代における人知の闇と学問の再構築」ということであったが、段取りなどを前もって決めることなく、自然に語り合うことを大切にしようということだけ取り決めて始まったのだった。

今回の大震災、津波、原発の事故は、私たちの生活そのものが根底から問い直させられた。それは「人知の闇」が露わになった事実であり、知的枠組そのものが抱えている矛盾がさまざまな悲しい事態を招いていることを指摘し合うことで、その闇から抜け出すには、親鸞の言う「愚(凡夫)の自覚」に立脚した学問を確立することが求められているということに話は進んでいった。

安冨氏は、地震学の研究者の石橋克司氏(神戸大学名誉教授)の「日本列島の地震現象を客観的に直視すれば、日本の原発は耐震安全性と使用済み核燃料処理の両面で非常に厳しい状況にある。(中略)産官学癒着の「原子力村」には、水俣病・薬害エイズ・BSE 問題などと同様の腐敗(とくに専門家)の構図がある。膿を出し切って審査の厳正さと透明性を確立しなければ、安全な原発は期待できない。そもそも、過去および将来の震源域の真上に原発を造るべきではない。ところが耐震指針は、どんな大地震でも技術でカバーできるという自然を侮った考え方になっている」という言葉を引用し、その要点は

  1. 人間が自然を侮っていること
  2. 産官学の癒着による腐敗の構図があること
  3. 学者が特に問題であること

とし、それらは相互に関連しているとおさえた上で、特に(1)のことが議論となった。

近代の科学・技術の「自然の原理を人間が理解すれば、操作することが可能」という考えがそもそも自然を侮っており、根本的に間違っていて、それは身体性とは無関係な客観的知識で学問が構築されているからであるということ、そして予測不可能性の問題として、もともと人知によって完全な予測などできず、特に核物質を相手にする場合には、決してミスが許されないので、エンジニアリングの普通の発想を持ち込んではならないのに、そこに踏み込んでしまったのは「自力作善」の極致であり、自然を侮る、甚だしい思い上がりであると言及された。

身体性の問題は、縁によっておこった出来事と真向いになった時に、脳だけで客観的判断で知識を構築するのではなく、身体全体の発動によってはじめて真の知識が得られるということである。平たく言えば、自分の感覚を通さない客観的判断は観念であり、自分の本当の知識とはなりえないのに、本当の自分の感覚を閉ざして、その客観性を自分のものとするのだから、そこには自己矛盾がおきる。これは近代以降の人間が「他人の目に映る自分の姿にふりまわされている」状況にあることに関連していて、これが安冨氏の言う「魂の植民地化」ということであろう。これは本当の自分の感覚と自分をはなれた客観的判断は乖離しているということで、乖離した客観的判断を自分のものとするということは、自分自身に対する裏切りになり、それが罪悪感を伴って無意識のうちに隠ぺいしていかないと生きていけなくなっていく。これがまさしく我々現代人の姿ではないだろうか。このような判断によって出来上がったのが真の知識であるという学問は、生活のいたるところで人間を追い込んでいるといえる。

安冨氏はこのような学問方法はデカルトに由来すると言っている。「われあり」というところから出発し、それが「わかる」ということに到達するのであるが、その真理は自分自身と乖離し自己欺瞞を生み、自力作善の極致となると言う。

自力作善とは仏教用語であるが、要するに自分で何でも善悪を判断できるという自己意識で、自力心の問題である。この何でも「わかる」ということが自然を侮ることになる。人間の善悪のものさしは、時として善だったものが悪になったりするもので終始一貫しない。その人間の「わかる」という客観的、分別的な知恵を否定するのが仏教のいう「智慧」である。「大智は無知なり」とは真実の智慧とは分別がない、ということである。「善悪もって存知せず」という親鸞の言葉は人間の持つ自力の闇に対する自覚の言葉であることをあらためて痛感した。

多少「戯論」の話にもなった。「戯論」は虚妄分別、対象を分化し、分別すると、必ずあやまった実体(体系)の概念が付着して虚構なものになる。それが「戯論」である。一切法は縁起であるから関係性においてのみありうるので、縁起のなかで言葉を相対化し紡いでいくことが大切で、それは「わかる」に対して「わからない」という「愚」の大地に立たなければできないのである。体系(実体)を作ってしまうと、この議論から始まり生きたものとはならない。原子力行政においても「これは安全だ」以外の体系のものは体系外にして見ないようにして、他の体系学派と対立して虚構となる。『歎異抄』12章でもこれを「諍論」として厳しく戒めている。これは自分の感覚がないところでおこっている。真宗でも「これが親鸞だ」と客観的体系を用いたとき、真宗ではなくなってしまうのと同じであろう。教学研究所長を勤めた宮城顗氏は「私どもはともすれば、本当に自分の問いを尽くしきることなしに、答えとして親鸞聖人のお言葉や仏陀のお言葉を掲げてしまう。しかしそのことは決して、その世界、その歩みを人びとに開いていくことにはならない。やはり行き着く先は自分の握りしめた答えを後生大事に保ち続けるということに終わっていくのではないか。曽我先生のおっしゃっておりますことを約めて言えば、自分自身の身の事実を尽くしての問いなしに、ただいたずらに親鸞聖人を讃嘆する、ただ答えとして讃嘆することであるならば、それは親鸞聖人を讃嘆することにはならないということ。それは逆に、親鸞聖人を悪魔たらしめてしまうことになると、おっしゃるのです。悪魔とは、言うならば、仏者としての歩みを根底から失わせるはたらきです。姿は仏者としての歩みをとっていても、その実質は、一つの立てた答えに常に立って、その答えから一歩も出ようとしない、それこそ人生の事実からの問いかけを聞き取ろうとしない在り方になるのではないか。」と指摘されている。「悪魔たらしめる」という言葉は重い。「原子力村」の人たちだけの話ではない。我々僧侶も肝に銘じたい。

安冨氏は、ポラニーが指摘した科学というものは客観的知識の客観的操作によって非人格的に形成されるものだ、という事実に反する信念が蔓延していて、これは多くの人によって当然の前提と考えられているが、しかしなぜ、知識を人格から切り離して客観化する必要があるのか、考えて見れば不思議である。原子力関係の学者の言動を見ていて、このかたくなさと欺瞞とが、極限に達していると。それは、単に原子力に限ることではない。学問自体が、デカルトの強迫観念に冒されて、深刻な病に陥っていると力説された。

安冨氏は、さらに、このデカルト的思考の背後にキリスト教という一神教の問題が横たわっていると指摘。一神教は人間の罪悪の問題は神の御意によって救われるとするが、神の御意に何ら確かめもないままに従うのが真の自由だという決定的宇宙観は受け入れられないと言われた。こう指摘されると、なるほど背景に一神教ありということに頷かせてもらえた。そうすると現代の学問は一神教に裏付けられたデカルト的思考からの脱却が課題となっていく。それは自己の感覚をとりもどし、そこから出発する学問だと安冨氏は言う。

安冨氏が親鸞に行きつくきっかけとなったのがスピノザである。デカルト的思考を拒絶した哲学者がスピノザであり、スピノザは仏教の影響を受けたばかりでなく、親鸞の影響を受けたとすら思えると提起された。スピノザの哲学および科学は、龍樹の縁起の道理に沿った言葉の使用であるプラジュナプティの実践であったように思う。それは恐らく、単なる偶然ではなく、何らかの経路で、仏教の教えが届いていたからではないだろうかと安冨氏は指摘。また、スピノザは、出島の外でどういう宗教が広く信じられているかについて知識があったとすると、宣教師が主たるライバルとして敵視していた真宗の可能性が高く、真宗を彼らが忌み嫌ったのは、「一向宗の人びとの他の罪悪を犯せども、之を罪と認めず」という態度にあり、罪悪を犯しても、そのことを自分自身で罪と認めることがないということは、かなり衝撃を与えることになり、もしこの衝撃的な教えをスピノザが耳にしていたとすれば、彼がそのキリスト教世界において極めて特異で、三世紀に渡って異端でありつづけた思想を展開する切掛を与えるに、十分であったと想像すると提起されたのだった。

確かに、キリスト教世界における神は、人間とは異質の絶対者である。ところが、スピノザは「神は宇宙だ」「自然が神だ」という。神は私たちの外にあるという正統性に対し、私が神であると言っているのと同じで内在性を示した。人間の理性は神と同じだと。私を含んだ全体。「我あり」から見る見方ではなくて、私からはわからないし見通せないが、私とは別ではない「世界」から小さな私が学問を積み上げていくことができるかというのがスピノザの課題だったのだろう。

小生はふと藤田ジャクリーンさんを思い出した。フランス人でカトリックの修道院に入っていたジャクリーンさんがパリの図書館で『歎異抄』を手に取り衝撃を受けた。どうしたら地獄に落ちずに悔い改めて天国に行けるかということのために信仰していたのに、親鸞は「地獄は一定すみかぞかし」と、そこに堂々と生きていることに感動したのだった。罪悪深重の凡夫とは、行為としての罪人、悪人ではない。安冨氏の言葉で言うと、悪を認めるとは、自分の感覚を閉ざしていることを認めることである。自覚が救いなのである。

さらに安冨氏は『歎異抄』9条にとても注目されている。「念仏を称えてもさほどの喜びを感じられない」と告白する唯円に、親鸞は「自分もそうだ」と驚くべき発言をする。そして、阿弥陀の恩恵を感じられないような、そういう煩悩具足の凡夫であるこという自覚が、阿弥陀の救いを明らかにしている、という。これは自分に蓋をして、自分自身から乖離していく方向ではないことを安冨氏は注目したのであり、「魂の植民地化」のなかにいる自分が自分の感覚から物事を見ていくことなどできないところに、他力回向というところに行きついたと吐露された。善悪にとらわれていた悪人であり、教えすら信じない悪人、そういう「愚かさ」に立つことが本当に生きる力となることに安冨氏は注目したのであろう。親鸞を絶対化するのではなく、苦しみながら思索して親鸞に到達した安冨氏の姿に深く問われたものがあった。

親鸞は「善悪もって存知せず」と言いつつ、「念仏を称えることが浄土のたねか、地獄への業がわからない」とも言っている。人間の罪業性を神の御意に転嫁し完結するのではなく、常に「問われる」「わからない」という「愚」の立場に立ち続けたのが親鸞であり、それは他力回向というかたちではじめて見えてくる。

それが今日の人間を解放する教えであり、自分に対する裏切りを解消する方向への変化を自律的に引き起こす可能性がある、と安冨さんは言うのである。

この自分の感覚とは自分勝手の欲望ではない。スピノザの言葉では「コナトゥス」という。それは、自我意識を超えた、生きたいという純粋な要求であり、我々の言葉で言えば「本願」ということであろう。「今、いのちがあなたを生きている」とはまさにコナトゥスが十分発揮され、それが生きていることだと、そのためにはそれを崩壊する原因を突き止め、自分の感覚から始める学問を構築することが大切だと安冨氏は言う。真宗では苦悩のなかから見えてくる本願ということに他ならない。仏教は苦悩する人間に寄り添い「本願に目覚めよ」と呼びかけてきた。自分の感覚から出発する学問、真宗でいえば「本願を信じ、念仏をもうさば仏になる。そのほか、なにの学問かは往生の要なるべきや」ということであろう。

安冨氏は、現代の学問や教育や倫理や制度や経営は、罪悪感の自己増殖システムを前提に構築されていると考えている。それゆえ、それが生み出す閉塞感を打ち破るには、別の宗教的伝統に依拠することが必要で、特に親鸞思想は、西欧的意味での宗教性の根幹である「罪」の概念を解消する先鋭的な教えであり、罪を犯さないではいられない人間の「愚」そのものに気づかされることが、救いのゆえんであり、さらにその救いを信じられないという「愚」に気づかされることさえもが、救いのゆえんだということに深い頷きを持っている。

知的枠組そのものが抱えている矛盾は、私たちの日常の隅々まで浸透している。すべてが画一化、マニュアル化され、思考停止状態で、生きたという実感がないままに、不安、孤独、空しさといった生きづらさを抱えて生きている。徳永進氏が「生簀の生、生簀の死」と表現された現代人のあり様の根底に客観をすべてとする学問のあり方が横たわっている。

最後に安冨氏が提案する「親鸞ルネサンス」構想について、氏の言葉をもって終わりにしたい。

私は、東京大学東洋文化研究所に「親鸞ルネサンス学術拠点」を設立したい、と考えた。同拠点では、様々の分野の若い研究者を集め、それぞれに親鸞を読んで自らの問に自ら応えるという意味での学問を展開してゆきたい。つまり、同拠点は「親鸞を研究する」ばかりではなく、「親鸞で研究する」という方向を重視する。それは既存の学問分野に親鸞を導入するのではなく、既存の学問分野が対象としている問題を、親鸞思想に学びつつ、全く違った角度から論じる、ということである。この研究によって、学問全体に新しい息吹を吹きこむことが可能となる。それは同時に、親鸞思想の持つ意義を新たに発掘することになり、人々の親鸞への見方を変革し、刺激を与えることになるであろう。

私はこのプロジェクトが、「親鸞ルネサンス」とでも呼ぶべき知的運動を惹起することになると期待する。親鸞ルネサンスは、「親鸞のルネサンス」であるとともに、「親鸞によるルネサンス」でもある。

〔2011年5月14日公開〕