3月20日(木) ことばのもつ力

今日は、彼岸会・永代経法要であった。冷たい雨が降っているにもかかわらず、本堂はご門徒で満堂となり、実にありがたいことだった。いつもは小生が法話をするのであるが、今回は、元 NHKアナウンサーでアナウンス室長だった山根基世さん、そして作家の青木新門さんをお招きした。青木さん作の『つららの坊や』(桂書房)を山根さんに朗読していただき、その後、山根さん、青木さん、小生で「いのち」をテーマとした鼎談をおこなった。そのことに関しては、「蓮光寺ニュース」にも掲載されているので、ご覧いただきたい。

法要前の歓談。鼎談の内容の打ち合わせは、生きたことばにならないから、打ち合わせなしで自然にということになった 山根さんの朗読 鼎談の様子

ここでは、控え室での会話を含めて、山根基世さんと青木新門さんから学んだことなどを書いてみたい。二人に共通する点は、徹底した現場主義と、そこから生まれる「ことば」の大切さという点にあるといっていいだろう。

新門さんについては、何度もホームページ等に掲載している通りで、僧侶や学者にありがちな知識で親鸞を語るということは一切ない。納棺夫としての現場で様々な屈辱を味わいながら、親鸞に出遇われているから、新門さんのことばには深みと重みがある。親鸞は大思想家であるに相違ないが、その前に真実に生きた宗教家であったことを知るべきだというのが新門さんの親鸞を見る眼である。「死が近づいて、死を正面から見つめていると、あらゆるものが光って見えてくるようになる。どの場面も同じように、胸がつまって、止めどなく涙が出てしかたがない」という「いのちのバトンタッチ」を多くの人に伝えたいと、その新門さんの願いのなかで生まれた『つららの坊や』は、いのちへの合掌(感謝)のこころを絵本にしたものである。

山根さんは、NHK退職後「ことばの杜」を立ち上げた。「ことばがおいしい」こと、つまり、人は「ことば」を交わすことによって、心を通い合わせることができ、そのことがどんなに楽しくすばらしいことか、特に子どもたちに「ことば」の本当の美味しさと、人の心を動かす力があることを伝えたいと、とても意欲的に活動されている。朗読のすばらしさは、その技術にあるのではなく、朗読する人の内面から湧き出る情熱と信念にあることを知った。それがあるから、技術にも意味が与えられるといっていい。同じことばを使うにしても、たましいのない「ことば」はけっして人に伝わらないことを学んだ。「蓮光寺ニュース」にも書いたが、建築でもプレハブに感動する人は少なく、どんな下手でも手作りのものは感動させるものがあるのと同じように、「ことば」も自分のことばが大切だという山根さんのことばが印象に残った。

頭の中で考えた論理では感動はおこらない。山根さんも徹底的な現場主義であった。 NHK時代の番組制作でも、必ずその土地を訪ねる。人々とふれあう中で、その土地の人々の言葉が体中の細胞にしみ込んでくるように心にしみてくるとおっしゃっている。そういうなかで、山根さんはご自分のことばを使われている。毎日交わされている何でもないことばがいかに大切なことかということだろう。自分の目で見て、そして考えて、自分の中で生み出した言葉を使うことが、世のなかを変えていけることだと力強くおっしゃる山根さんの眼はとても輝いていた。

さて、そんなことを学びながら、宗教言語(仏教用語)について考えてみる。仏教の言葉はよくわからないということを聞く。それを今回のことであてはめて考えるならば、我々僧侶が仏教用語を安直に使っていて、それを消化できていないところにあるのではないか。浄土、信心、本願、念仏、往生、成仏‥‥とても大切な仏教用語なのに、まったく死語になりつつある、いやなってしまっているのは、我々僧侶の責任が大きいといわねばならないだろう。親鸞が使った生きたことばの背景をつむぎ出して、自分のことばで語ることを怠っているのではないかと猛省させられる。親鸞は徹底的な現場主義である。つまり生活現場の苦悩こそが真実の教えに出遇う宝であるということだ。生活現場を抜きにした観念化したことばは力を持たない。我々僧侶が現実の苦悩を通しながら教えを聞き、それを自分のことばで表現していく努力をもっともっとしなければならない。専門用語を使わずに、相手と通じ合うことは大変難しい作業であるが、生きた自分のことばで教えを表現することの大切さを痛感した。

ところで、小生が嘱託研究員として所属している親鸞仏教センターは、時代(人)の苦悩と親鸞の思想との接点を探り、現代の人々に真宗を語りかけるための新しい視点と「ことば」を見いだそうと設立された研究交流の学事施設である。山根さんと新門さんと語り合いながら、親鸞仏教センターの大切さと責任を痛感するとともに、小生自身も研究員として、より使命感を持って関わっていきたいと思った。

〔2008年3月22日公開〕