3月6日(木)〜8日(土) 北海道(雨竜郡秩父別) —法話の旅—

※「高徳寺」の「高」の字は、実際は異体字です(いわゆる「はしごだか」)。

週末は北海道へ法話の旅であった。7、8日と雨竜郡秩父別の高徳寺の永代経法要・婦人会報恩講・会員物故者追弔会での法話であった。はじめて訪れる地であったので、まちがいのないよう前日の夕方に札幌入りし、7日の朝にL特急スーパーカムイに乗って深川駅に向かった。車窓からの景色は実に雄大で、特に夕張川と石狩川周辺の景色が一面雪化粧で、心がすがすがしくなった。

高徳寺 大きな本堂。8間で、外陣は81畳あります 勤行の様子 法話風景 夜の食事会。住職さん夫婦と。左上は運転に貢献したご門徒

深川駅に着くと、住職さんがわざわざ出迎えに来てくださっていた。昨年6月に恵庭のお寺で3日間法話をしたが、その3日目の午前の法要の時、洞爺湖へ向かう途中の高徳寺の旅行会がこのお寺に立ち寄り、小生の法話を聞いてくださったのがご縁となった。その時、高徳寺の住職さんがわざわざ小生の控え室まで来てくださり「ぜひ、うちのお寺にも法話に来てください」と言われ、今回の高徳寺さん訪問が実現したのだ。知らない土地のご門徒さんに会うことだけでもうれしいのに、あの時の縁で、喜んで待っていてくださるご門徒のいるお寺に行くということが何かとても勇気づけられるのだった。車で15分ほど走ると高徳寺に到着した。スケールの大きなお寺であり、住職さん同様、坊守さんもとても気さくの方で、すぐに溶け込めることができた。

法要は、本堂で勤行、会館で法話、というスタイルであった。色々な場所で法話をしているものの、やはりはじめての場所は緊張するものだが、演台の前に立つと、去年旅行に参加したご門徒は「あの時の先生だ」と言わんばかりにニコニコ笑って迎えてくれ、緊張は一気にほぐれた。宗祖親鸞聖人750回御遠忌テーマ「今、いのちがあなたを生きている」を中心課題として、2日間4席法話をさせていただいた。ご門徒は予想通り熱心であった。遠い北海道で、小生のつたない了解を聞いてくださっている今、この空間に、教えでつながっている重み、伝統、如是我聞の歴史を感じた。知らない土地で、教えを通して人々と出遇えることに何とも言えない感動をおぼえる。実に坊主冥利に尽きる。

夜は、住職さん夫婦と親戚の松沢さんというご僧侶と食事をした。家庭で食べるジンギスカンは初めてであった。酒もすすみ、年代が近いからか様々な話で盛り上がった。ほろ酔い気分になっている時、電話が鳴った。高徳寺のご門徒が亡くなったという知らせであった。酒をたらふく飲んでいた住職さんはすぐさま枕経の用意を始めた。どんなに酔っていても、ご門徒の家にすぐに向かおうとする住職、それを喜んで待っているご門徒。東京では考えられない。小生も枕経は行くが、酔っている時はさすがに行かない。いや行けない。そういう土壌ではないからだ。もっと度肝を抜かれたのは、住職さんは車を運転することができないので、近くのご門徒に電話をして、車の運転を頼んだのだ。ご門徒はすぐさま飛んできた。枕経を勤めるためにご門徒も一致団結するのだ。正直、うらやましくなった。東京で酒の匂いがする坊さんが読経していたら、どんな批判を食うかわかったものではない。しかし、ここは酒を飲んでようと、ご門徒が亡くなったら、住職さんはすぐ駆けつけるし、まわりのご門徒も協力する。昨年、恵庭や帯広のお寺に行ったときも感じたのだが、北海道は北陸門徒の伝統がしっかり生きており、おそらく日本で一番真宗の教えが息づいているところかも知れない。土徳があるとはこういうことを言うのであろう。

とは言っても、東京でも多くの人が救いを求めているのは言うまでもない。親鸞聖人が明らかにされた本願念仏の御教えはまさに時機相応の教えと確信している。真宗の伝統の弱い東京だからこそ、苦悩する多くの人たちと御教えを聞き開いていきたいとあらためて意欲が湧いてきた。

住職さんは「本多先生、1時間ほどでもどるから、ゆっくり飲んでいてください」と言って、坊守さんも引き連れて枕経に出かけていった。松沢さんと歓談していると、住職さん夫婦はもどってきた。そして運転をしたご門徒も加わって、楽しい団欒は日付がかわってもしばらく続いた。なんと素朴で、なんと素敵なことか。北海道に来て本当によかった。住職さんは「本多先生は忙しいから、今から予約します。来年の11月ですが、ぜひよろしくお願いします」と言われた。小生は照れながらもすぐに「はい」と答えた。縁とは実に不思議なものだ。人間は縁を遇う存在なのだ。

この2日間で雪どけが進んだようだ。北海道でも寒さの厳しい秩父別にも春のきざしが見え始めていた。

〔2008年3月9日公開〕