蓮光寺報恩講ニュース 2025年

蓮光寺報恩講2025 
報恩講の夕べ 11月1日(土) 
「阿弥陀さんといっしょにコンサート」 
中村由香さん(圓重寺門徒&シンガーソングライター)
& 仁科洸さん(長徳寺住職)

2026年2月28日公開

住職が1年間、京都教区山城2組の真宗入門講座(京都常盤会館5回・東本願寺同朋会館2泊3日)で講師を勤めたときの受講者の圓重寺のご門徒でジャズシンガーの中村由香さんと、講座のスタッフであった長徳寺ご住職の仁科洸さんが、お念仏を通して蓮光寺門徒に出遇えた喜びの中、「阿弥陀さんといっしょにコンサート」と題して、歌と演奏を披露してくださいました。真宗宗歌から始まり、ビートルズやカーペンターズ、ビレッジシンガーズなど懐かしい曲や、由香さんのお得意のジャズ曲も披露されたり、皆で童謡を歌い、最後は恩徳讃で終了しました。終始和やかな雰囲気の中、楽しい会話と歌で大いに盛り上がりました。

※ 『ふれあい』第53号の紙面において、「長徳寺」が「超徳寺」になっておりました。この場でお詫びいたします。

打ち合わせとリハーサル

阿弥陀さんといっしょにコンサート

蓮光寺報恩講2025 大逮夜法要 11月1日(土)

2026年2月18日公開

南無阿弥陀仏があるから、誰もが「自分が自分のまま」に生きていける
蓮光寺住職 2025.11.1(土)

初事として教えに自分を聞く

今回の法話のテーマは『南無阿弥陀仏があるから、誰もが「自分が自分のまま」に生きていける』です。これは今年の6月、真宗光明団東京支部70周年記念法座でたまたま法話を依頼されまして、その時スタッフの方が「念仏の教えを初めて聞く若い人たちにも声をかけており、その若い人たちにも、また私たちのように今まで聞いてきたものにも、何か心に沁みるお話をお願いします」と言われ、かなりの難題だと思い、とっさに思いついたのがこのテーマでした。でもスタッフの方は、「誰にでもわかりやすい話をしてください」とおっしゃったわけではないことに気づきました。初めての人も、何回聞いている人も、その法座は初事なのです。

『ご俗姓』の中に「報恩謝徳のために、無二の勤行をいたすところなり」とありますね。「無二の勤行」、去年の報恩講も今年の報恩講も同じ勤行ですが、同じことを繰り返しているのではないのです。その都度、初事として報恩講の場に座らせていただいているのです。初事ということが、自分を抜きにしないで教えに自分を聞く大切な姿勢だということをスタッフの方がおっしゃりたかったのだろうといただくことができました。

賢善精進の相とは私たちのこと

いつも法話で、私たちは「愚かな凡夫と目覚めよ」ということをくりかえし教えられてきたと思います。親鸞聖人が「愚禿(ぐとく)釋親鸞」と名のった「愚禿」の内実は、『歎異抄』第13章からも、うかがい知ることができます。

ひとえに賢善精進の相をほかにしめして、うちには虚仮をいだけるものか。

(真宗聖典 旧p.634 新p.777)

〈現代語訳〉 外見には真面目な念仏の行者を装って、内心には虚偽をいだいている。

これは念仏者としてふるまうだけの問題ではなく、私たちの日常のあり方そのものではないでしょうか。私たちの自我分別は、どこまでも自己中心性を持ち、比較心から一歩も出られず、深い迷いを抱えています。それなのに、その自分を深く見つめることがなく、自分を置き去りにして、外に対してわかっているように振る舞っている、それを「愚」というのです。

私たちは、日常さまざまな縁に遇い、そこには苦悩を抱えずには生きておられないという問題を抱えています。内にさまざまな問題を抱えながら、表向きは何ら問題がないかのようにして、自分を問うこともなく、他の人たちに、仮面をかぶって自分を良く見せて、何か社会から評価されたいということに目がいってしまう。それが「愚」そのものなのです。

何ができるか、できないかという価値観が蔓延していて、できる自分でなければならない、勝たなければならないということが経済システムのなかで植え付けられているのが私たちのすがたではないでしょうか。

そんな私たちに阿弥陀さんは、どんな自分であろうとも『生まれてきて本当によかった』といえる存在根拠を与えてくれるのです。私たちの思いからすれば、何を言っているのかわからない。どんな自分であろうとこれでよかったと思えますか? 自分の思う通りにならない、自分に都合の合わないことが起こってくると取り乱しませんか。うまくいっている時の自分は受け止められるけど、うまくいっていない自分は自分で自分を捨ててしまうということが起こります。

阿弥陀さんの教えは私たちの思いからすればわからない。でも阿弥陀さんは摂取不捨(せっしゅふしゃ)、誰一人として救わずにおられないという願いをもって呼びかけてくるのです。これは自分の思いがひっくり返らないといただけないことです。自我で受け止めることは絶対にできないのです。

よく話をしますが、田口君ね、目が見えないままで「生まれてきて本当によかった」と深い頷きをもって生き、人生を全うした彼のことを知らない人はいないと思います。彼は目が治って救われたのではないのです。目が治らないままに、目が見えないままに今ある自分をそのまま大事にして生き抜いたのです。そういう人が近くにいたということが、私たちにとって仏法をいただける最短の道なのです。

私たちの思い通りにしたい分別心は必ず壊れていくということがあります。今年は倒産が多かったですね。いっしょうけんめい働いてきたのに倒産したり、リストラされたりすると、自分がなくなってしまうように思いますよね。でも倒産して失業した自分というのはちゃんと残るのです。健康もそうです。いくら健康に気をつけていても、縁さえあれば病気になるのです。長生きがいいと思っていても、結局老病死につかまるのです。

だから自分の思いを存在根拠(よりどころ)としていたら、自分が全く見えなくなるということです。自分の思いはいつも崩れていくのです。

ところが阿弥陀の世界は無分別なのです。何があっても分別しない。ということは思い通りになってもならなくても、現実を受け止めていくということですね。そのままの自分を生き抜くそういう意欲、力を与えてくれる。それが阿弥陀さんの願心なのです。阿弥陀さんによって、阿弥陀さんの鏡によって、自分が照らされたときに、「愚かな凡夫」という気づきがあたえられるのでしょう。自分の思いがひっくり返るということが起こって初めて教えが聞こえてくるのです。自分の頭で教えを分析しているうちは全然聞こえない。聞こえてくるということは自分がそうだと思っていたあり方がひっくり返ること一点です。

ですから阿弥陀さんは皆さん全員に共通した名前をつけて下さり呼びかけるのです。「凡夫よ」と。

前も話しましたが覚えていますか。私たちの自我分別は思い通りに人生が運べばいいというピンポイントしかない。リストラは×、不評は×、病気×、老い×、死は×──×が多いけど、阿弥陀さんの無分別にふれれば、すべてが〇になるのです。そんなこと本当にありうるのだろうかと思ってしまいます。これは難中の難ですね。だから聞法ひとつに極まるのです。わかってもわからなくても教えを聞かせていただく以外ないのです。

なぜなら私たちの心の奥底には本当に私が私でありたいという願いを持っているということを阿弥陀さんは見抜いているのです。だからそこに目が開かれるかどうかなのです。阿弥陀さん(南無阿弥陀仏)にふれて初めて、私たちの奥底にある仏性に気づかされると言ってもいいでしょう。「一切衆生悉有仏性」(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)と言われますが、どこで証するのですか。それは阿弥陀さんによって自分がひっくり返って成り立つことです。仏性とは「法蔵願心」といってもいいでしょう。

他郷・魔郷の世界で生きる私たち

苦悩があってどうにもならんというところに本願が顔を出して私たちに呼びかけてきてそれが響いてくる。自分では間に合わんのです。そういう時に一番阿弥陀さんの教えが響いてくるのだけれども、そういう話をすると、「思い通りになっているときはこれでいいのですね」という質問を時々受けるのです。実は思い通りになっている時も人間は問題を抱えているのです。善導大師のお言葉を引用してみます。逆境の世界を「他郷」、順境の世界を「魔郷」という言葉でおさえられておられます。

「帰去来(いざいなん)、他郷には停(とど)まるべからず」

(『教行信証』化身土巻 旧p.355 新p.417)。

〈現代語訳〉 さあ、そのままの世界に帰ろう、思う通りにならない世界(逆境の世界・迷いの世界)にとどまるべきではありません。

「他郷」というのは、思い通りにならない世界、逆境と言ってもいいでしょう。そのあり方をひっくり返して、どんな自分も受け止めていける本願がはたらく浄土を真のよりどころとしましょうといただいていいでしょう。

さて、今、問題にしているのは、思い通りになっている場合ですね。それも善導大師がおっしゃっています。

帰去来(いざいなん)、魔郷には停(とど)まるべからず。

(『教行信証』証巻 旧p.284 新p.334)

〈現代語訳〉 さあ、そのままの無分別の世界(浄土)に帰ろう、自己満足の世界(順境の世界・迷いの世界)にとどまるべきではありません。

「魔郷」というのは、思い通りになる世界、自己満足に満ちた世界といっていいかと思うのです。思い通りになっているようで自己満足にすぎないわけです。有頂天という言葉あるでしょう。天に上がる。天の世界も迷いの世界です。六道のひとつです。自己満足は必ず崩れていきます。楽しいといっても、自分を失っていることに変わりはないわけです。それを「不楽本座」と表現します。そのときに酔いがさめて振り返って、自分の人生はいったい何だったのかということになれば、ほんとうに愕然としてしまうのが私たちにはあるのではないでしょうか。人生には楽しいこともあるといいますが、分別の世界から一歩の出ていないのであれば、楽しいことも崩れていくのです。

行為の前に存在そのものの問題がある

「東本願寺に来ると、学校で教えてくれないことを教えてくれる」

これは東本願寺の子ども奉仕団に参加した子の言葉と聞いています。毎年参加する子どももいるそうです。この言葉は、行為を優先する現代において、存在に重きをおいた言葉だと直感しました。

スタッフの皆さんは、子どもたちに「みんな、ほとけの子」だと話します。すべての子どもたちは、阿弥陀さんに平等にまるごと包まれているということでしょう。何ができるか、できないかより、みんなちがってみんないいのだということを子どもたちに伝えているのでしょう。「ばらばらでいっしょ念珠」を子どもたちに配っています。念珠は、まるの形で糸を通してできあがっていますね。ところがこの念珠は、〇△□のかたちで糸を通してできているのです。〇△□はみなちがっていいということを表し、糸はちがいを認めながら、深い願いによってみんなつながっているということを表しています。

こういう世界にふれると、子どもたちは「ここにいていいんだ!」という気持ちになるようです。「ここにいていいんだ」ということは、自分が無条件に受け止められているということです。皆さんは「ここにいていいんだ」という世界を持っていますか? 存在をまるごとつつむ世界を見失って、行為だけに目を注がれているのが現代ではありませんか。人間は、孤独・むなしさ・不安を抱えて生きていると言われますが、特に現代における孤独は、状況の孤独ではなく「存在の孤独」を抱えて生きていると言えるのではないでしょうか。これで人生が成り立つのでしょうか。

さらに言うと、子ども奉仕団には押し付けというものがないのです。例えば、掃除が嫌いというか、苦手な子どもがいた時、普通だったら「きちんと掃除をしなさい」と言いますね。あたり前のようですが、実はここに落とし穴があるのです。まずその子の掃除に対する姿勢を受け止めることです。それができるのが阿弥陀さんだけです。私も学校の教員だった時は「きちんと掃除をしなさい」と言っていました。けれども、東本願寺では「掃除をしましょう」と言っても「掃除をしなさい!」とは強制的なことは言わないようです。それは「掃除が嫌いなのがあなただから、何も問題ない」ということではないでしょうか。何かができるようになる、成長する、向上するということに侵されている人たちには、この言葉がまったく理解できないでしょう。多分こういう反発があるでしょう。「掃除をしなければいけないのに、しないのはおかしい。そういうことを許すのが東本願寺ですか」と一般常識を是とした人は言うのではないかと想像できます。

でもその子には通じたのです。掃除を嫌いな子どもを阿弥陀さんが受け止めてくれたことで、その子は自分と向き合うようになるのです。そうすると、なかには掃除が嫌いだった子どもが自らすすんで掃除をするということが起こるようです。掃除をしなくていいと言っているのではなく、そのことを受け止めるということがまず大切なのではないでしょうか。

完璧な人間はいません。嫌いなものがあり、好きなものがあります。なにか現代は、みな完璧にならないといけないような風潮があります。掃除のできない人間は切り捨てられる社会ではないでしょうか。佐野明弘さんが「横並びの人権」とよく言っておられますが、まさにその通りだと思います。だから生きづらいのです。これは、向上心を持ってはいけないと、否定しているわけでも何でもないのです。

どんな自分でも、丸ごと包み込んでくれたなら、掃除が苦手な自分に向かい合い、自分を受け止めていく眼をいただくのです。そこに掃除の嫌いな子が掃除をするという反転が起こるのだと思います。そういう存在の大切さを忘れて、みんな完璧な人間になりなさいというのは同調圧力にもつながります。戦争はその最たることです。人間の自我は迷いの塊です。自我をじっと見つめている阿弥陀さんの眼が現代人にとって一番大切なことではないかと思うのです。

現代の人間は、ちょっとでも失敗すると誹謗中傷を受けます。だから本当に自己肯定感が弱いのです。私は私でいいのだという自己肯定感が弱く、他人と比較してどうであるかとかということに意識がいってしまっています。

この話は自分の問題として聞いてほしいのです。そうでないと「注意していいのか、いけないのか」という問題に陥ってしまうのです。

例えば、組織には組織のルールがあり、仕事が遅いと注意されるのは当然かもしれません。しかし、上に立つ人がただ注意するだけなら上下関係から一歩も出ていない。その時「君は仕事が遅い。でも私は若い頃、仕事が雑だと言われてきた。そんな完璧な人間なんていないけど、もう少し仕事が早くやってくれたらありがたい」と言ったならば、どうでしょうか。仕事が遅いと言われた人は、何か受け止められた気持ちになるのではないでしょうか。ここに「凡夫は、すなわち、われらなり」(『一念多念文意』)という親鸞聖人の御言葉が思い起こされます。「凡夫の自覚」が関係性を開いていく証となっているではないでしょうか。

「他力本願」というのは、他人任せでもなんでもないのです。私たちを超えた大きな阿弥陀さんの智慧と慈悲が私の中に入り込んでくることによって、「自分は間違っていたな。本当に愚かな凡夫だと呼び覚まされた」と頂いて、今の自分を引き受けて立ち上がっていくのです。だから他人に任せどころか、引き受けられない現実を引き受けていくのですから真逆です。他力というのは阿弥陀さんの本願力・仏力なのです。だから、このような社会の中で、煩悩・迷いを抱えた人間の力でが、人間がどんな現実でも引き受けていけると思うなら、それは傲慢だと思わざるを得ません。人間の知恵を超えた阿弥陀さんの呼びかけである南無阿弥陀仏がいよいよ待望されている時代ではないでしょうか。私(機)の上に「時」が開かれるのです。

「そのままの私である」ことが人間の根源的願い

私はNHKの連続テレビ小説「あんぱん」を毎日見ては感激していました。9月いっぱいで終わってしまい、非常に残念です。8月22日の放送の中で、やなせたかしさん(のちのアンパンマンの作者)と妻、のぶさんとの心にしみる会話がありました。「そのままの君が最高だ」という、今日の話に関連する会話です。その会話をご紹介します。みなさん何を感じられるでしょうか。

のぶ 「無我夢中で走ってきたつもりでやった。でもうちは何にも成れなかった。教師、代議士の秘書、会社勤め、何一つやり遂げれんかった。たかしさんの赤ちゃんを産む こともできんかった(涙)」

たかし 「そんなこと誰のせいでもないよ。ぼくたち夫婦はこれでいいんだよ」

のぶ 「けど、ときどき思うがよ。うちは何のために生まれてきたのだろうって。精いっぱいがんばったつもりやったけど、何ものにも成れんかった。そんな自分が情けなくて、世の中に忘れられたような、置き去りにされたような気持になるよ。」

たかし 「のぶちゃんは、ずっと誰かのために走っていた。いつもいつも全速力で。のぶちゃんがいなかったら今の僕はいないよ。のぶちゃんは、そのままで最高だよ。」

のぶ 「ありがとう・・・」(号泣)

のぶが「無我夢中で走ってきたつもりやった」と言いました。よくわかりますね。私たちと同じ感覚ですよね。みなさんもそうでしょう。みんな一生懸命生きているのですよ。「でもうちは何にもなれなかった」と言っています。のぶが教師を辞めたのは子どもたちを戦争に駆り出したことへの責任から、というより教師を続けられなくなったのですね。当時は大政翼賛会のもとで、彼女も軍国主義者だったのです。それが戦後、大きなまちがいだと気づいたわけです。それまでは同調圧力の中でみんな戦争に向かっていくのです。だから同調圧力は非常に危ないですね。今、日本が殺傷能力ある武器をすでに輸出しているらしいですね。台湾有事が起こったら大変なことにもなります。その時に同調圧力がはたらいて、みな戦争に協力するのがあたりまえとなったら、また歴史が繰り返されてしまうのです。

次にのぶは代議士の秘書になりました。その代議士は戦後、敗戦後の混乱のなかの不正を正し、身寄りのない子どもたちに寄り添っていたのですが、だんだん国が復興方向になっていくと、当選するための代議士に変貌していくのです。それで代議士は純粋無垢であったのぶが邪魔になって、のぶはクビにされるのです。会社も勤めたけどクビになりました。当時、女性が働くということは大変な時代だったのです。そして「何一つやり遂げれんかった」と泣くのですね。これはやはり、何か行為をすることによって、それが達成できたら、そこに自分を意味づけて生きていこうという、現代人の感覚と全く共通しています。でも達成できないのも自分なのです。

たかしに励まされながらも、のぶは「そんな自分が情けなくて、世の中に忘れられたような、置き去りにされたような気持になる」と言っていますね。あの時代でもそうなのです。今はさらにそういう感覚を持つ人が多いように思います。

外国人排斥ということが急に言われ出しましたが、外国人が犯罪を起こすと目立つだけで、日本人のほうがはるかに人殺しをしています。でも犯罪を起こす人の行為はもちろんよくありませんが、どんな環境(縁)で育ってきたのか、昼間から毎日酒を飲みながら暴力をふるう父親と、勉強しろと尻をたたく母親に育てられたとしたら、まともに育たない可能性が高いですから、社会についていけないということもあると思います。両親に大切に育てられたら犯罪をしなかったかもしれません。

ですから、そういう人は社会に見捨てられた気持ちになるのでしょう。だったら一人で死ねばいいと言う人も多いでしょう。もちろん人を巻き込むのはよくないことです。ただ心の底では関係を求めているということがあるから、「殺すならだれでもよかった」ということになるのかなと色々考えさせられます。ただ行為としての罪には服さなければならないけど、存在そのものを消してはならないと思います。

だから善導大師は修業ができる人というのも縁だし、修業ができない人も縁だけれども根本はみんな縁によるのであるから、みな凡夫だとおっしゃるわけです。人間は縁に遇う存在です。業縁存在です。ですから事件を傍観するのではなく、自分のなかにも同じようなものを持っているということに気づかされることが大切です。

また、たかしとのぶの会話にもどりますが、たかしが「のぶちゃんは、ずっと誰かのために走っていた。いつもいつも全速力で。のぶちゃんがいなかったら今の僕はいないよ。のぶちゃんは、そのままで最高だよ。」と。これは阿弥陀さんがたかしに言わせたのではないかと思ったのです。「そのままで最高」だと。私たちは分別心をもっているから、そのままになれないのです。その言葉にのぶの分別心がひっくり返り、そのままの自分に帰った時「ありがとう…」と言って号泣したのです。「この私でいいのだ」と受け止めたのでしょう。これはお念仏の世界の中の会話に相違ないと感じました。

もし、たかしの言葉がなかったら、のぶは「私は今まで何をやって生きてきたのだろう」という思いに沈んで、他郷・魔郷の世界で一生が終わっていったかもしれません。ところが南無阿弥陀仏に触れたならば、こうして生きてきたことすべてが私だと。誰にもかわることができない私なだとうなずけるのではないでしょうか。すべて何一つ無駄のない私の人生でしたということがのぶが受け止めることできたから「ありがとう」と号泣したのだといただいていることです。

やなせたかしさんは戦争に行くことにより、「正義のための戦いなんてどこにもないのだ。正義は或る日突然逆転する。正義は信じがたい」ということに気づかされ、ぶれない正義はあるのかということを、のぶと一緒に語り合う生活が続くのです。それでぶれない正義ということで「アンパンマン」を生み出したのですね。やなせさんはクリスチャンと聞いていますが、親鸞聖人と共通点をもっていると思いますね。

「善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり」

(『歎異抄』真宗聖典 旧p.604 新p.784)

〈現代語訳〉 何が善であり、何が悪であるのか、私はまったく知りません。

と、親鸞聖人はおっしゃっています。何が善で何が悪であるか私はまったく知りません。まったく知りませんと言えた背景には阿弥陀さんがいるのです。阿弥陀さんの真実信心を親鸞聖人が賜ったから、「私はまったく知らない」ということが言えたのです。だから分別がある人間になりなさいとか、善悪を見分けられる人間になりなさいという前にそう言っている人間そのものが問われているのでしょう。ぶれない正義とは、阿弥陀さんの世界のことなのです。

さらに親鸞聖人は、

「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。

(『歎異抄』後序 旧p.641 新p.784)

〈現代語訳〉 煩悩100%の私たち、そしてまるで燃えさかる家のように移ろやすいこの世界はすべて嘘偽り、絵空事であって、真実など何一つありません。ただ念仏だけが真実なのです。

とおっしゃっています。

このお言葉を他人事に読むと「念仏が正しくて、あとはみんな間違っている。だから宗教はこわい」となるのです。自分のこことしていただけるかどうかのことなのです。

なぜ「念仏のみぞまこと」だと言えたかというと、私自身の正体は常にそらごと、たわごと、まことがないという、そういうことを阿弥陀さんが私を鏡で照らしてくれたからでしょう。「凡夫」であると気づかされることが実は救いなのです。

阿弥陀さんは「思う通りになってもならなくても、そのままのあなたが尊い」と重ねて呼びかけ続け、そのことを見失っている私たちに、愚かな凡夫と気づかせ、どんな状況にあっても生きる意欲(本願からの意欲)を与えてくださるのです。思い通りにならなかったら、その人生はよくなかったということではけっしてありません。どの人生も尊いのです。それが「誰もが自分が自分のままで生きていける」という本当の救いの内実です。阿弥陀さんの大悲の心とは、えらばず、嫌わず、見捨てずという「摂取不捨」の心です。一人残らず救うのです。「人生における苦しみは、すべて如来の激励」(曽我量深)なのです。

そのことを、自分の身に響いてくるまで、阿弥陀さんの呼びかけに訪ね聞いていきましょう。同じ話を何度も何度も聞いてください。ただ聞かせていただくことに尽きると思います。ご清聴ありがとうございました。

報恩講を厳修

11月1日(土)~2日(日)、報恩講が厳修されました。両日ともにうす曇りながら23℃前後の気温で、暖かい報恩講でした。2日間のべ200人弱の御参詣がありました。

1日(土)の「大逮夜法要」は蓮光寺住職が「南無阿弥陀仏があるから 誰もが自分が自分のままで生きていける」という講題で法話。

続いて「報恩講の夕べ」では、住職が1年間京都教区山城2組の真宗入門講座(京都常盤会館5回・東本願寺同朋会館2泊3日)で講師を勤めたときの受講者の圓重寺のご門徒でジャズシンガーの中村由香さんと、講座のスタッフであった超徳寺ご住職の仁科洸さんに「阿弥陀さんといっしょにコンサート」と題して、念仏を通して、蓮光寺門徒に出遇えた喜びの中、「真宗宗歌」ほかおなじみの歌の数々を、会話を交えて、歌っていただきました。蓮光寺住職も何曲か歌いました。

2日(日)の「晨朝法話」は門徒感話2名で、衆徒の本多聡さんとご門徒の笠原重夫さんに、報恩講に身を置いた喜び、つながりの大切さを語っていただきました。

そして、結願日中(御満座)では、畠中光享先生(京都市、日本画家・インド美術研究者・元京都造形大学教授・真宗大谷派僧侶)に「生死を超える」という講題でご法話をいただきました。先生のインドでの生活や美術を通して、釈尊や念仏の教えを、ご自分の人生を語られました。そこには先生の生きた深さと、かといって私たちにも共通する人間の問題を語っていただきました。

それぞれ順をおって、ホームページにアップしますが、今回は、写真で見る報恩講の物語を見ていただき、最後に、河村和也総代が代表となって「御礼言上」の内容も公開させていただきますので、報恩講の大切さ、念仏相続の大切さを感じていただければと思います。

(1) お斎作り

数日前から準備を始め、1日朝8時から2日の10時にかけて本格的なお斎作りが始まりました。

(2) 準備とリハーサル

報恩講資料の袋詰め、本堂椅子の設置、なんといっても五色幕とむらさき幕の設置が大変でした。
また、報恩講の夕べのリハが行われました。
打ち合わせ会議
セッティング
リハーサル

(3) 大逮夜法要

熱気ムンムンの法要と住職の熱い法話でした。
受付
司会の河村さん
法要の様子
法話の様子

(4) 報恩講の夕べ 阿弥陀さんといっしょにコンサート

(5) 晨朝法要

住職の弟と、最近すべての聞法会に出席している笠原重夫さんの感話。自分の言葉で語られ、響くものがありました。

(6) 結願日中法要(御満座)

法要は内陣は6人出仕、余間に2人で、迫力ある勤行でしたがスタッフの仕事が多くなり、勤行の写真がなく申し訳ありません。かろうじて、気づいたスタッフが「御俗姓」の写真をとってくれました。また、司会の谷口さん、責役挨拶の草間さんの写真もなく、残念でした。
畠中先生の78年の怒涛の人生、その中に生きる念仏のご法話は圧巻でした。
畠中光享先生
責役の草間文雄氏(挨拶の写真ではありませんが──)
御尊前(親鸞聖人)
「御俗姓」拝読
法話の様子
今年は、先生の大きな展示会がありました

(7) 御礼言上

責役・総代・住職・坊守・衆徒の顔が見えず残念でしたが、雰囲気は感じられるでしょう。
お斎

御礼言上

2025年の報恩講が昨日・本日の一昼夜にわたり厳修されましたことは、わたくしども蓮光寺門徒一同、大きな喜びとするところでございます。

如来の御尊前、宗祖の御影前に、御満座の結願いたしましたことをご報告するにあたり、ご出仕・ご出講くださいましたみなさまに一言御礼を申し上げます。

ご法中のみなさまにおかれましては、懇ろなるお勤めを賜りまことにありがとうございました。昨日・本日と、拙いながらお勤めをご一緒させていただき、当派に伝わる声明の伝統の重みをあらためて感じたことでございます。

昨日の大逮夜法要では、「南無阿弥陀仏があるから誰もが自分が自分のままで生きていける」の講題で当山住職の法話を聴聞いたしました。

住職は、分別することから離れられないわたしたちこそが弥陀の願いに包まれているということを丁寧に解き明かされました。奉仕団に参加した小学生のことば、オリンピアンのことば、ドラマのセリフ、アンパンマンの原作者のことば。それらがいずれもお聖教のことばと繋がり、わたしたちの思いを揺さぶったことでございます。

法要後の報恩講の夕べでは、「阿弥陀さんといっしょにコンサート」と題し、京都より圓重寺(えんじゅうじ)のご門徒でジャズシンガーの中村由香(なかむらゆか)さんと長徳寺(ちょうとくじ)ご住職の仁科洸(にしなこう)さんに数々の歌をご披露いただきました。当山住職もマイクを持ち、満堂の参加者も懐かしい歌をともに歌い、阿弥陀さんの願いに包まれながらほのぼのとした思いで楽しい時を過ごしたことでございます。

本日、晨朝のお勤めでは、当山衆徒(しゅと)とご門徒の感話を聞きました。報恩講を迎えた喜びや寺との縁の尊さが飾らないことばで語られ、その時間を共有することのありがたさをしみじみと思った次第です。

また、満日中の法要では、京都より畠中光享(はたなかこうきょう)先生にご出講いただき「生死(しょうじ)を超えること」の講題でご法話をたまわりました。

先生はご自身について、日本画家、インド美術の研究者、仏教者・念仏者の3つの顔をお持ちとおっしゃいましたが、まさに先生が歩んで来られた道筋・道のりのすべてがあってこそのお話をいただいたものと存じております。

仏教の教えの基本、すなわち「一切皆苦」「諸行無常」をやさしいことばで押さえられ、世界的な視野と歴史的な視座から、仏教的世界観の発露(ほつろ)とその背景についてお話しくださいました。まことに壮大なスケールのご法話をうかがうことが叶い、心より感謝申し上げる次第です。

さて、先生がおっしゃいましたように、この報恩講をもって蓮光寺の今年一年を締めくくろうとしていることに、まことに感慨深いものを感じております。

今年の報恩講も、のべで200人弱のご門徒におまいりいただきましたが、いわゆる「寺離れ」の問題はいよいよ深刻の度を増しており、わたくしども蓮光寺もけっして例外ではございません。

寺の実状を正しく受け止め、いたずらにおまいりの数のみに拘泥するのではなく、この寺を南無阿弥陀仏の法灯を繋ぐ真の聞法の道場として相続していくため、不断の努力を惜しんではならないものと考えております。

願いは形を持つものでございます。寺を未来に引き継いでまいりたいとのわたくしどもの願いは、ひとえに弥陀の呼びかけに訪ね聞いていくという形を取るべきものと存じます。

この先も、蓮光寺門徒一同、住職、坊守を先頭に、念仏三昧・聞法精進の歩みを進めてまいります。ご出仕・ご出講のみなさま方には、変わらぬご指導とご鞭撻をたまわりたく、伏してお願い申し上げる次第でございます。

2025年の蓮光寺報恩講のご満座結願にあたり、ご出仕・ご出講くださいましたみなみなさまに重ねて御礼申し上げ、ごあいさつとさせていただきます。

このたびはまことにありがとうございました。

報恩講「清掃奉仕」を実施

10月26日(日) 報恩講に向けて「清掃奉仕」を実施しました。時折雨が降る悪天候にも関わらず、26名のご門徒が参加されました。毎年、初参加のご門徒もいらっしゃって、阿弥陀さんの前では初参加も常連もひとつになって、清掃奉仕をさせていただきました。今年は昨年以上に猛暑が続きましたが、この1週間は秋を感じさせるようになり、清掃にはちょうどよい気温でした。この日も夏日に近い気温でした。

報恩講の天気が気になります。10月27日現在、11月1日は曇一時雨、2日は晴れときどき曇りの予報で気温も24℃、23℃と夏日の一歩手前で、まずまずの天気でほっとしています。ただ偏西風の蛇行と海水温が高いことで、天気が予想しにくくなっているため、当日はどうなるかわかりません。こういう自分の思いが先立つのですが、天気もご縁と教えられます。天気が良くても悪くても関係ないことなのですね。大切なことは、真宗門徒にとっての最大の仏事「報恩講」、無二の勤行を勤めさせていただき、仏法聴聞あるのみです。

報恩講 2025 11月1日(土)〜2日(日) 
真宗門徒の大切な法要 親鸞聖人のご法事 
安心して迷うことができる道をたずねよう!

報恩講(11月1〜2日)の2日の結願日中法要(ご満座)後のお斎(お食事)は、手作り精進料理です。蓮光寺報恩講は多くのご門徒のご協力によって成り立っています。楽しく作りましょう。

参加ご希望の方はお寺にご連絡ください。

10月26日(日)

報恩講 清掃奉仕 | 午後2時〜3時30分ごろ

11月1日(土)、2日(日)

報恩講 お斎作り | 午前8時〜(ご協力いただける時間に随時どうぞ)

報恩講(11月1〜2日)の2日の結願日中法要(ご満座)後のお斎(お食事)は、手作り精進料理です。蓮光寺報恩講は多くのご門徒のご協力によって成り立っています。楽しく作りましょう。

参加できる時間にどうぞ!

参加ご希望の方はお寺にご連絡ください。

報恩講 | 11月1日(土)〜2日(日) 
安心して迷うことができる道をたずねよう!

11月1日(土)
午後2時〜3時45分ごろ 大逮夜法要
  • 勤行: 「正信偈」、念仏、和讃(弥陀成仏のこのかたは)三首引き、「御文」(大坂建立)
  • 法話: そのままの私を生きる(蓮光寺住職)
  • *お持ち帰りのお弁当あり。
午後4時15分〜5時15分ごろ 報恩講の夕べ
  • 「阿弥陀さんといっしょにコンサート」中村由香さん・仁科洸さん
11月2日(日)
午前8時〜9時ごろ 晨朝法要
  • 勤行: 「正信偈」同朋奉讃(弥陀成仏のこのかたは)、御文(鸞聖人)
  • 感話: 門徒2名
午前11時〜午後1時ごろ 結願日中法要
  • 勤行: 「正信偈」、念仏、和讃(弥陀大悲の誓願の)六首引、「御俗姓」御文
  • 法話: 生死(しょうじ)を超えること(畠中光享先生)
  • 御礼言上
  • *お斎(手作り精進料理)

11月1日(土)

大逮夜法要 | 午後2時〜3時45分ごろ

法話: 蓮光寺住職
講題: 「そのままの私を生きる」
人間、誰もがそのままで最高なのに、役に立つか、立たないか、うまくいったか、いかなかったかといった行為によって、自分を意味づけ、価値づけようとしますが、行為の前に、存在そのものの尊さがあります。自分の存在が「そのままで最高だよ」とまるごと受け止められた時、人間の本当の願いに目覚めていくのでしょう。阿弥陀さんはそれを私たちに先がけて願ってくださっています。「そのままの私」、その内実をいっしょに学んでいきましょう。

報恩講の夕べ | 午後4時15分〜5時15分ごろ

阿弥陀さんといっしょにコンサート 
中村由香さん・仁科洸さん
蓮光寺のご門徒の皆様にお会いできることを心待ちにしております。

11月2日(日)

結願日中法要〈御満座〉 | 午前11時〜1時ごろ

法話: 畠中光享先生 (京都市、日本画家、インド美術研究者、元京都造形芸術大学教、77歳)
講題: 「生死(しょうじ)を超えること」
私が幼少の頃、祖母は何かにつけて「ナマンダブ」とつぶやいていた。今思うとそれは自身への感謝の言葉であったように思う。
私はそんな中で育ったが、母は27、その姉は21才で亡くなった。早くに娘を亡くした祖母の心は計りしれないが、私はずっと何かと助けられた。
祖母は大学を卒業した年に亡くなったが、数年後、残してくれたお金で一年余りインドの遺跡や寺院、古くから絵の描かれていた地域などを訪れ、2日に一度は移動するという旅をした。
それから今に至るまでインド美術を調査、研究している。インド仏跡では釈尊の直の教えを考えながら巡った。当時はバングラデシュが東パキスタンから独立した混乱の時期で1100万人の難民がカルカッタに流入し、痩せ衰えて餓死する人を日に何十人と見て、人の死を考えさせられた。死を問題にしない宗教は無い。生と死はいつも共にある。仏陀の言葉から仏教の本道を考えてみたい。

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