蓮光寺報恩講ニュース 2022年

報恩講を厳修

2022年11月11日公開

真宗門徒にとって一番大切な法要である「報恩講」(親鸞聖人のご法事)が11月5日(土)~6日(日)の一昼夜にわたって厳修されました。親鸞聖人のご法事を報恩講と言いますが、ご門徒のご法事も報恩講に相違ありません。どこまでも親鸞聖人を偲びながら(ご門徒の法事の場合は、亡き人を偲びながら)、親鸞聖人が明らかにされた阿弥陀さんの教えを聴聞し、教えを通して迷い深い私のあり方を見つめ直すことが真宗仏事の要です。

今年の報恩講は、3年ぶりに「報恩講の夕べ」が復活し(約40名参加)、大逮夜法要、結願日中は、人数制限を多少オーバーし50名以上の参詣者で、余間にも門徒さんに座っていただきました。もちろんそれに応じた感染対策も徹底いたしました。また、参詣されたご門徒は報恩講の大切さをしみじみ感じられたと思います。来年は人数制限することなく、また手作り精進料理の復活を願ってやみません。

お勤めはすべて「正信偈・同朋奉讃」の同朋唱和とし、大逮夜と晨朝は「御文」、結願日中は「御俗姓御文」の拝読がありました。

「大逮夜法要」は、蓮光寺住職が「生きることへの意味づけ・価値づけからの解放 ―かけがえのない存在むの回復―」をテーマに法話。

「報恩講の夕べ」では3年ぶりに願いが叶い、やなせななさん(奈良県 浄土真宗本願寺派教音寺住職 シンガーソングライター)が「悲しみの先に開かれる世界」をテーマにお話しと歌を披露してくださいました。

「晨朝法要」は、逆にコロナ下なので、朝はちょっとという人が増えたのか少数でしたが、静かな朝の勤行と蓮光寺衆徒櫻橋淳さん(法名:釋淳心)、本多房子前坊守(法名:釋尼芳翠)が感話をされました。

「結願日中法要」(ご満座)では、林憲淳先生(岐阜県不破郡 寶光寺住職)が「人の執心、自力の心」をテーマに熱い法話をしていただきました。

最後の「御礼言上」で広島県庄原市よりオンラインで、蓮光寺門徒を代表して河村和也総代(県立広島大学教授、法名:釋和誠)がご挨拶をしてくださいました。

報恩講はやはり独特の法要です。心地よい疲れを感じています。報恩講の様子を写真でご案内しながら、最後に御礼言上を掲載いたします。法話等はまた後日掲載いたします。

大逮夜法要前の準備

大逮夜法要

司会の蓮光寺衆徒、櫻橋淳さん(釋淳心)
挨拶する総代の日野宮久夫さん(釋喜身)
法要の様子
法話の様子

報恩講の夕べ

3年ぶりの歌声とお話に感動したスタッフたちは、全体写真をほとんどとることができないほどの心酔ぶりでした。なんとなく雰囲気を感じてください。

住職の挨拶。この後、やなせななさんが登場
CDと本の販売、サイン会も行いました

晨朝

すがすがしい朝です
勤行の様子
感話:桜橋淳さん(釋淳心)
感話:本多房子前坊守(釋尼芳翠)

結願日中

林憲淳先生
責任役員の草間文雄さん(釋真文)の挨拶
法要の様子
「御俗姓」拝読
法話の様子
御礼言上

秋の深まる報恩講

【番外】

報恩講が円成し、林先生にはお食事のご接待をさせていただきました。亀有の街を歩いていると、突然「こち亀」(こちら葛飾区亀有交番派出所前)の両さんが現れ、先生と住職とすっかり仲良くなりました。帯同した門徒も大爆笑。林先生にとっても忘れられない思い出になったようです。すべてご縁ですね。

御礼言上 2022
河村和也総代(釋和誠)

2022年の報恩講が、例年と同様、土曜・日曜の一昼夜にわたり厳修されましたことは、わたくしども蓮光寺門徒一同、大きな喜びとするところでございます。

如来の御尊前、宗祖の御影前に、御満座の結願いたしましたことをご報告するにあたり、ご出仕・ご出講くださいましたみなさまに一言御礼を申し上げます。

ご法中のみなさまにおかれましては、懇ろなるお勤めを賜りまことにありがとうございました。勤行は一昨年より同朋奉讃式によることとなっておりますが、馴染み深い節に合わせてお勤めさせていただいたことでございます。

昨日の大逮夜法要では、「生きることへの意味づけ・価値づけからの解放 —かけがえのない存在の回復—」の講題で当山住職の法話を聴聞いたしました。

経済至上主義がはびこり、生産性の有無により物ばかりか人間までをも振り分けて行こうとする時代にあって、わたくしたちのいのちの存在そのものの尊さに目覚めよとの如来の呼びかけに、このたびもまた導いていただいたことでございます。

また、3年越しでようやく実現した報恩講の夕べでは、奈良県高取町より、本願寺派教恩寺のご住職でシンガー・ソングライターのやなせななさんにお越しいただき、お歌とお話をお聞かせいただきました。

ご自身の体験やご友人との関わりの中で紡がれたことばの数々が、美しい歌声と相まって心に沁みたことでございます。

本日、晨朝のお勤めでは、蓮光寺衆徒の櫻橋さんと前坊守に感話をいただきました。僧俗相集い、ざっくばらんにことばを交わすことのできる空間がここに存在することをあらためて感じたことでございます。

また、満日中の法要では、岐阜県垂井町より、寶光寺ご住職の林憲淳先生にご出講いただき「人の執心、自力の心」の講題でご法話をたまわりました。

縁によって心を散り散りにし自己を失ってしまうわたくしたちが、本願念仏のみ教えをいただき、自己を定める契機をいただくことこそが、聖人のご法事である報恩講の本義であるとうかがいました。

聖人のご生涯にたずねるお話をうかがいましたが、人々との交わりを通じ人間存在の本質を学ばれながら、自らもまた善に迷われた聖人の歩みを知るにつれ、無明の闇の内にあるわたくしたちに、聖人の説き開かれた本願念仏のみ教えが強く深く響くことを感じたことでございます。

さて、今年の報恩講は、困難な状況のもとにありながら一昼夜でのべ百名を超えるみなさまにおまいりいただくことがかなったものと思います。わたくしはあいにく仕事の都合によりオンラインでのおまいりとさせていただきましたが、本堂に大勢のご門徒にご参集いただけることはまことによろこばしいことと存じております。

昨日来、たびたび触れられておりますが、この一年を振り返っただけでもご法縁をいただいた多くの方がお浄土に還られました。わたくしどもの大切な仲間、釋一道=篠﨑一朗さんもそのお一人です。昨日のご法話の中で住職は、篠崎さんの「阿弥陀様の前に座る厳かな空間というか『場』は、聞法するお仲間のお導きや交流もあって、人間を育てていくのだと実感させていただいています 」ということばを紹介しております。

蓮光寺がそのような空間、そのような場として存続しうるかどうかは、新型コロナウイルスの感染という厳しい現実を抱えた今をいかに乗り切るかにかかっております。この法灯を未来の人々に繋ぐため、ますます努力してまいらねばなりません。

住職、坊守を先頭に、門徒一同、今後とも、念仏三昧・聞法精進の道を歩んでまいりますので、ご出仕・ご出講のみなさま方には、変わらぬご指導とご鞭撻をたまわりたく、伏してお願い申し上げる次第でございます。

2022年の蓮光寺報恩講のご満座結願にあたり、ご出仕・ご出講くださいましたみなみなさまに重ねて御礼申し上げ、ごあいさつとさせていただきます。

このたびはまことにありがとうございました。

報恩講「清掃奉仕」を実施

2022年11月1日公開

10月29日(土)、報恩講に向けて「清掃奉仕」を実施し、22名のご門徒が参加されました。初参加のご門徒もおられ、皆さんから歓迎を受けていました。

このところ昼間も寒さを感じるようになりましたが、この日は23℃の暖かさで、絶好の「清掃奉仕」となりました。

去年は五色幕を新調しました。今年は「報恩講の夕べ」が3年ぶりに開催されます。人数制限での報恩講であっても、少しずつ、従来の報恩講の活気が戻ってくるような、そんな予感を感じながらの清掃奉仕でした。来年は手作り精進料理が復活し、人数制限のない報恩講が勤まることを念じてやみません。

蓮光寺報恩講は11月5日(土)~6日(日)に厳修されます。

2時間の清掃奉仕が終わり、茶話会に入ります。すこしなごんでからみな本堂へ。住職の短めのお話とお参りをして解散。本堂の写真を取り忘れました (涙)

報恩講のお知らせ

2022年10月10日公開

報恩講清掃奉仕

「報恩講」は全てのご門徒によって勤められる法要です。報恩の心をもって清掃して、本堂をピカピカにして「報恩講」をお迎えしましょう。ご参加できるご門徒はお寺までご連絡ください。

10月29日(土)
午後2時〜4時30分ごろ
  • 2:00 清掃奉仕
  • 3:50 休憩・お茶請け
       (従来の茶話会と違って、密にならないお茶休憩です)
  • 4:10 焼香・お参り・恩徳讃
  • (勤行はありません)

報恩講

11月5日(土)
午後2時〜3時30分ごろ 大逮夜法要
  • 勤行: 正信偈、同朋奉讃(弥陀大悲の誓願の)、御文(大坂建立)
  • 法話: 蓮光寺住職
午後4時30分〜5時30分ごろ 報恩講の夕べ
  • 「お話と歌」
    やなせななさん (奈良県・浄土真宗本願寺派教恩寺住職、シンガーソングライター)
  • *感染状況により、歌はビデオに変更する場合があります
  • *お持ち帰りお弁当あり
11月6日(日)
午前8時〜9時ごろ 晨朝法要
  • 勤行: 正信偈、同朋奉讃(弥陀成仏のこのかたは)、御文(鸞聖人)
  • 感話: 門徒2名
午前11時〜午後1時ごろ 結願日中法要〈御満座〉
  • 勤行: 正信偈、同朋奉讃(弥陀大悲の誓願の)、御俗姓御文
  • 法話: 林憲淳先生 (岐阜県不破郡・寶光寺住職 81歳)
  • 御礼言上
  • *お持ち帰りお弁当あり

法要の概要

  • コロナ下のため、従来のお勤めをいたしますと長時間になるため、残念ではありますが、「大逮夜法要」「晨朝法要」「結願日中法要」(ご満座)、すべて「正信偈・同朋奉讃」「御文」とさせていただきます。
  • 「大逮夜法要」は、2時から厳修いたします。時間のおまちがえのないようにお願いいたします。
  • 「報恩講の夕べ」は、やなせななさんのお話と歌が披露されますが、感染状況により、歌をビデオで観ていただくこともございますこと、ご了承ください。
  • 「結願日中法要」(ご満座)後の手作り精進料理は中止とし、お持ち帰りのお弁当をご用意いたします。

参詣について

  • 本堂での参詣は、申し込み先着順とさせていただきます。
    専用葉書の投函をお願いいたします。
    「大逮夜法要」「結願日中法要」は45名をマックスとしています。
    「報恩講の夕べ」は25名を予定していますが、本堂の他、座敷でスクリーン視聴も検討しております。
  • 「大逮夜法要」と「日中法要」(ご満座)はZoom(ズーム)配信いたします。ご希望の方は、 CBE07907@nifty.com にメールください。URL等を送信いたします。
  • Zoom(ズーム)で視聴いただくご門徒は、ご懇志(1法要 1,000円以上)をお送りいただければ幸甚です。

講師紹介

11月5日(土)

大逮夜法要
法話: 「生きることへの意味づけ・価値づけからの解放 ─かけがえのない存在の回復─」(蓮光寺住職)
〈住職からのメッセージ〉
私たちは、さまざまな縁によって、かけがえのない存在として生まれてきたのに、現実は、存在よりも行為が優先され、「使えるか、使えないか」という基準のなかで、生産性がある人間には生きる意味があるような、そういう錯覚が経済至上主義の現代にまん延しています。人間の自我分別によって、生きることに意味づけや価値づけをしてしまうと、そうでない人はどうなるのでしょうか。親鸞聖人が明らかにされた阿弥陀さんの教えは、無分別の世界です。どんな人も、もっと言えば、動植物もみな存在そのものが尊いと教えられます。自分に付加価値をつけて、それを自分として生きても必ず限界があり、そうでなくなれば生きる意味や生まれたことの意味を失ってしまいます。そういう人間に愚かさ(凡夫)の自覚を与え、ありのままの私を生きる意欲を呼び起こし、かけがえのない存在を回復せしめる阿弥陀さん(南無阿弥陀仏)の真実の呼びかけに耳を傾けてみませんか?
報恩講の夕べ
「お話と歌」(やなせななさん 奈良県・浄土真宗本願寺派教恩寺住職、シンガーソングライター)
〈やなせさんからのメッセージ〉
昨今のコロナウイルス感染拡大の影響を受けまして、一昨年、昨年と、皆さまが例年楽しみになさっている「報恩講の夕べ」が残念ながら中止となりました。私にもこればかりはどうすることもできず、じっと歳月の流れを待っておりましたが…とうとう!今年は開催に向けて動き始めたと聞きました。うれしいですね。とはいえ、まだまだ予断を許さない状況ですので、「人数制限」「換気」「時間短縮」等、できうる対策を講じていただきつつ、お話を中心に歌(※状況によっては動画放映にて)をお届けしたいと思っております。皆さま、どうかご自愛いただき、それぞれのご判断でお参りをご検討いただけましたら幸いです。少しでも不安がおありの場合、無理をなさる必要はありません。コロナに限らず、人生には様々なことが起こりますが、しなやかな心で阿弥陀さまのお慈悲におまかせし、生かされる今をありのままに受け止めて参りましょう。南無阿弥陀仏

【やなせななさん】
2020年2月11日、やなせななデビュー15周年記念コンサートのファイナルとして、蓮光寺も協賛し、亀有リリオホールにて多くの観衆を集めて感動のコンサートを開いた。15周年記念の初ベストアルバム「15th Anniversary THE BEST はじまりの日」を発表後、コロナ下においても、一昨年、アルバム「日々の縁側~Remake Songs~」 をリリース。

11月6日(日)

日中法要〈御満座〉
法話: 「人の執心、自力の心」(林憲淳先生 岐阜県不破郡・寶光寺住職  81歳)
〈林先生からのメッセージ〉
報恩講は、親鸞聖人の90年の御生涯を偲び、聖人が開かれた「浄土真宗」の教えに私たち門徒が生き方を学ぶ大切なご法事であります。講題の「人の執心、自力の心」は、聖人の末娘「覚信尼(かくしんに)公」に母「恵信尼(えしんに)公」82歳の時に書かれた「恵信尼消息(お手紙)」の中にある親鸞聖人のお言葉です。時は武士の世へと変わる鎌倉時代、時の権力により、念仏の弾圧の法難が起こり、親鸞聖人は越後へ流罪となり、39歳の時その罪科が解かれ、42歳の時に越後から関東へ家族と供に歩まれました。途中「佐貫(さぬき)」という所で、干ばつ、疫病により多くの無人が苦しんでいるのに出遇い〈寛喜(かんぎ)の大飢饉〉、その衆生利益のために三部経(大無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経)を千部読誦(どくじゅ)し、祈り始めて「これは何事ぞ、念仏のみ、名号の他に何事の不足ありと内省し、読誦を中止され「人の執心、自力の心」はよくよく思慮あるべしと自覚されました。現在、私たちの社会は高度に成長した商品経済社会になり、欲望全開の生き方は止めようにもありません。幸福を実現するには「貨幣」を持つこと、金銭至上主義・効率万能主義になり、人間の心を見失った快楽追及の人生観になっていないでしょうか。2011年の東日本大震災前年にテレビで放映された「無縁社会の現実」から共同体の崩壊が益々広がり、私たちが願った長寿が半面不安を増しています。そして、コロナ下・ロシアのウクライナへの侵攻・某宗教団体と政治家の問題等々。私たちは、どこに立ち、どこに向かって歩んでいるのでしょうか。人間としてどう生きるのかが問われています。

【林憲淳先生】
1941年2月21日生まれ。81歳。大垣教区第11組 寶光寺住職。全国各地で法話され、本山や教区などの僧侶育成にも努められている。ご自坊でも数々の聞法会を開き、ホームページも開設している。法話冊子多数発行。2020年2月には、東京教区の同朋会議の打ち合わせで蓮光寺に来寺されている。

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